Meyco's thoughts

ただのポエムです

26歳になりました。

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先日で、26歳になりました。30歳まであと4年です。

26歳の誕生日は、会社で迎えました。家の外で誕生日を迎えたのは2回目です。1回目は、カナダで17歳の誕生日でした。

25歳の一年間は、想像しなかった一年間でした。QRコードArtistとしてインタビューされたり、TEDxで、スピーカーとして皆の前で話をしたり、趣味で作ったゲームが東京ゲームショウで展示されてたり、Microsoft BizSparkのQR作ったり、好きな作家さんの書籍の図版の依頼が来たり、転職したりと様々な事がありました。こんなこと、一体誰が想像出来たでしょうか?

惹き合った話

フリーランスで3年はいようと思いましたが、まさかココに来て就職するとは夢にも思ってませんでした。

そもそも、私は肩書というか「仕事内容が楽しくて稼げればそれでいい」と思っているタイプの人間なので、会社を大きくするとか、雇用を増やすとか、業界を良くするなんて考えていませんでした。それも、全くと言っていいほど。

フリーランスの期間は、私にとってずっと「自分の居場所を探す旅」でした。

今思えば学生の時も、会社にいた時も「自分の居場所はどこなんだろう。」と、ずっと居場所を探していました。

この広くて狭い世の中に、砂漠のオアシスのような場所があって、そこにいるだけで新鮮な水が飲めて、たくさんの豊かな刺激が受けられると想像していました。

 

でも、そんな場所は、少なくとも私が想像している場所は、もしかしたら【無い】のではと思い始めたのは、最近でした。

多分、自分で作り上げないと、絶対に見つからない場所にあるのだと思い始めました。

 

フリーランスの時には「なんて幸せなんだろう。自分で好きなように稼げるなんて!」と思っていました。そして、確かに私はそういう生活をしていました。

でも、フリーランスも1年と半年ほど過ぎた頃、私は好きなようにする生活に、飽きがきました。

仕事に不満を持っていたわけじゃないのです。寧ろ仕事はかなり楽しかった。

 

金銭的には、確かに少しばかり苦労はしてる気がするけど、それはあまりストレスにはなっていませんでした。それよりも、もっと重要な事が私に覆いかぶさっていました。

 

自分の成長が、視野が、目標が、止まってしまう恐怖でした。

また、1人で仕事を行う事に、かなり限界を感じていた時期でした。

大きくて楽しい仕事は、チームでなければ絶対にこなせない。

私は、仲間を集めようと思い始めていました。

 

そこに運良く。本当に運が良く、今の会社の求人が出ていて、最初は外注で面接に行きました。そして1週間の試用期間で、採用が決まり、今に至ります。

その時、現在の代表が言っていたのは

「まるで磁石の様に惹き合っている」

という言葉でした。事実、私もそう思っていました。

就職活動というか、組織の中に入る上で、今までそんな事を感じたことが無かったので、何が起こっているのかわかりませんでした。

思っていたのは、ただ「仕事が楽しい」という事でした。

 

そんなこんなで、会社の創業期に採用をされることになりました。

コワーキングの立ち上げには多少関わったことが有りますが、会社の立ち上げに関わるのは初めてでした。今もかなり四苦八苦しています。

 

夜明けが来た話

先日、大学の時からかなりお世話になっている、漫画家のいがらしゆみこ先生主催の、漫画家飲み会に参加しました。

実は、会うのはおそらく2年ぶりくらいでした。

時々夜中に電話をしたりしていましたが(長年の生活スタイルで、活動時間が午後〜夜中になっているらしい)大抵言われるのが

「もう●●歳になると億劫で私から電話なんてかけないんだから、若い方から電話かけないと、忘れちゃうわよ!」

でした。

それでも、私が電話をかけるのは3ヶ月に1回あるかないか。という回数でした。

そんな教え子でも、飲み会に呼んでくれるのはとても嬉しかったです。あまり多くは話すことが出来なかったけど、先生は、とても可愛がってくれたと思います。

久しぶりに会った先生は、足が悪くなってしまっていました。

この時に、私は先生と最初に会った時から、少し歳をとってしまったのだと痛感しました。

 

 

大学の時に先生は、私を家に招待してくれました。

なぜ招待してくれたのかは、今でもわからない部分があります。アシスタントでもなかったので。

ただ一言言われたのが

「君とは、今後とも長く付き合うことになるでしょう。」

という言葉でした。

あまり人に言うことが無かった、22歳の人生の悩みを明け方まで聞いてくれていました。

 

その事をふと思い出し、なぜ呼んでくれたのか聞くと、先生はこう答えました。

「誰ともつるまない、一匹狼だったから。凄く印象に残った。」

と言われました。

色々思う所はありましたが、先生の目にはそのように映っていたようです。

 

学生時代はその事にかなり悩んでいましたが、社会人になった今では、あまり気にならなくなっていました。というか、仕事で覚えることが多すぎて、勉強にいっぱいいっぱいでした。

それに、何だかんだで一緒にゲームを作る友達、飲みに行く友達、ピザパーティーをする友達など、社会人になってから一気に様々な人達がいるのを知ったので、全く気にならなくなりました。

 

学生の時、何時も髪を切ってもらう美容師の人に「親友ってどうやって出来るの?」と聞いたことがありました。

「わからん。でも、俺は人生で親友って言える人は30歳の時に出来たよ。意外と、そういうものって遅いものだから、今から心配しなくてもいいよ。」

と言われてから、何も気にしなくなりました。

事実、親友は24歳ぐらいで、見つかりました。これからも、きっと運命の人や親友に何人も出会うのでしょう。

そして、すれ違ったり、通り過ぎたり、また戻ったりしてゆくのだと思う。

 

 

そんな事を思いながら、漫画家飲み会に参加していました。

お酒も程よく入り、宴もたけなわになったころ。

先生は、若い人たちに向かって挨拶をしました。

近年、沢山の偉大な漫画家たちが亡くなっています。どんどん若い世代が未来を背負って生まれて来ている。私達が、道を作る必要があるという旨の話をしました。

とても印象に残った締めの言葉が、今でも耳からはなれません。

「私は、貴方たちがいるから、漫画を描いています。だから君たちも、大事な人の為に漫画を描いて下さい。」

私はその時に気づいた事がありました。もうすぐそこまで、世代交代の夜明けが近づいていました。

先人はとても偉大ですが、【寿命】という波にゆっくりと身を沈ませるのが、人の定めです。

 

私達は、常に新しい人達のために、道を作ってゆく必要がありました。

たとえ新しい人達を知らんぷりをしていても、彼らが育たない限り、業界自体が死にゆく運命を辿ります。

私は漫画家ではありませんし、誰かを教育しようと思ったこともありませんでした。

 

でも、最近1つだけ思うのは「後輩はしっかりと先輩の後ろ姿を見ているのだから、楽しそうに仕事をしないと、業界自体が潰れる」という事です。

 

常に自分のために生きているし、誰かのために生きようと思ったことも無い私ですが、

「今後出来るであろう、大事な人のために仕事をする」という事を少しだけ念頭に置きながら仕事をしたいと思いました。

 

26歳のヒヨッコですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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