Meyco's thoughts

ただのポエムです

25歳になりました。

11月6日、25歳になりました。今日はアメリカでは大統領選挙の日ですね。

AmazonのwishListから送って頂いた、名前も知らない方々とgiginetくん、ありがとうございます。(ねこみみ、電気敷き毛布、MacBook Airのハードカバーを頂きました。)

4月末に会社を辞めて、フリーランスになりました。

正直、こんなに早くフリーランスになると思ってなかったし、せめて3年ぐらいは居ようと思ってましたが、人生って本当に思った通りに全く行かないですね。

会社を辞めることになったその夜に、貿易商で世界を飛び回っている、友達の所へ行きました。「これからどうしよう」と私は言いました。

「人生で時間がある時間なんて、退職した時ぐらいしか無いんだから、3ヶ月ぐらい休んだほうがいいよ。ゆっくりする時間も、人生に必要だと思うよ。」

こう言われた時に、3ヶ月も休むだなんて、とんでもない!と思っていたけれど、そのあと、直ぐ体調を崩して、1週間と少しの間入院しました。

熱が下がり、起き上がれるようになった時、私はベッドの上でずっと本を読む事と、作ろうと思っていたiphoneゲームのアプリケーションデザインのモックをずっと書いていました。

一緒の病室だったおばあちゃんはそれを見て、「絵を描くのが好きなのね。」といいました。

 

この時まで、デザイナーとして私を動かしていた感情は、おそらく殆ど、「未来への恐怖」「認められたい」という承認欲求しかありませんでした。

 

向かいのベッドに入院していたおばあちゃんに、私がデザイナーで、会社を辞めたばかりという事を話すと、おばあちゃんは、昔話を始めました。

おばあちゃんは、とある花道の流派の家元でした。日本各地、または世界へ赴き、花を生けるのがお仕事です。

おばあちゃんは14歳の時に水兵になりましたが、戦争に行かずに終戦となりました。そして仕事をしながら、花道を習い、徐々に頭角を表しました。

そして、25歳か26歳で、初めてアメリカで花を生けました。そして、年収1000万近くを稼ぐ人になりました。

おばあちゃんは言いました。

「貴方なら大丈夫よ。若いうちなら何でも出来るのだから、好きに生きなさい。」

 

退院してから、私は少し休むことにしました。

本当は急ぎで就職活動をしようかとも思いましたが、体調も戻っていなかったし、新しい事をたっぷり勉強したかったからです。

ですが、何を勉強したら良いのかわかりませんでした。

そんな時に、devsapの人たちの飲み会に参加させてもらい、そこで「ゲーム制作コミュニティkawaz」を紹介されました。

その週の木曜日に、さっそくkawazに行って、メンバーにしてもらいました。

それから1ヶ月以内で、初めてゲームのデザインをしました。

 

今まで全く関わったことのなかったコミュニティに入って痛感したのは「今までなんて狭い世界で生きてたんだろう」という事でした。

ゲームなんて作るだなんて全く思わなかったし、どうせ作るなら娯楽ではなく、人に使われるものがいいと思っていましたが、作ることにかける情熱は、どこの業界でも変わりませんでした。選り好みする必要なんて、何処にもなかった。なぜ道を狭めていたのでしょうか。

WEBServiceで世界は変わりますが、Gameでも世界が変わる可能性がありました。

25歳になった所で、私が凄く変わるという事はありません。

ただ、最近思っていることが一つあって、できるだけ本能に従って生活しようと思っています。

好きなものは好き。嫌いなものは嫌いってちゃんと言う。

これから何をするの?

  • 海外からのDesignの受注を増やします。
  • 月収をもっと増やします。出来るなら月1で海外に行きたいです。
  • ゲームを作ります
  • インタラクティブアートの勉強をします。

・・・とは体裁で言ってみたものの、これはずっと思ってる事なので、抱負でもなんでもないです。

ぜんぜん決まってません。何処かに就職するかもしれませんし、このままフリーランスかもしれません。

私は、いい大学というものも出てないし、正直大して勉強というのも出来る人ではないです。感情表現も豊かな方とは言い難く、傍から見ればなんと不器用なと思う方が多いかと思います。

それでも、「今」を誠意をこめて歩こうと思います。

これからも、meycoをどうぞよろしくお願いいたします。